戦後80年
昭和20年(1945年)8月15日、昭和天皇が自ら国民に終結を伝え、多くの犠牲者を出した戦争は終わった。
今年令和7年(2025年)はそれから80年になる。
戦後、天皇陛下は人間宣言をし、現人神から象徴となった。昭和から平成を経て令和へと御代替した。
この間、皇室はずっと戦争と向き合い、慰霊を行なってきた。
節目となる今年、両陛下は硫黄島、沖縄、広島、長崎へと慰霊のために行幸啓された。
4月、現在は住民がいない硫黄島で戦没者の墓碑に供花された。渇水に苦しんで亡くなった人が多かったため献水の施設も設けられているのだが、この日の硫黄島は、手向けのように雨が降っていた。
6月の沖縄ご訪問では敬宮愛子内親王殿下が同行されたが、これは天皇陛下のご要望でもあった。
御一家が並んで平和祈念公園の国立沖縄戦没者墓苑で献花されている様子には、親から子への確かな継承を感じた国民が多かったのではないだろうか。音声のない映像で、平和祈念資料館で沖縄戦体験者による証言集を前に陛下が敬宮愛子内親王殿下に話をされているところでは、特に強くその思いを抱かせた。
戦争中、米軍の魚雷で撃沈した学童疎開船「対馬丸」の犠牲者を追悼する記念館では、生存者や遺族、語り部らと対面された。
語りつぐこと
令和6年(2025年)2月のお誕生日会見で、陛下は次のように語られた。
私と雅子は、これまで広島、長崎、沖縄などを訪れ、多くの方々の苦難を心に刻んできています。今年、戦後80年という節目を迎え、各地で亡くなられた方々や苦難の道を歩まれた方々に、改めて心を寄せていきたいと思っております。
そして、戦争の記憶が薄れようとしている今日、戦争を体験した世代から戦争を知らない世代に、悲惨な体験や歴史が伝えられていくことが大切であると考えております。
慰霊のために訪問されるだけではなく、記憶を伝承することの重要性を述べられたように、両陛下は各地で若い世代の語り部と対面され、その場に敬宮愛子内親王殿下を同行させられた。皇室がニ世代で慰霊なさるのは前例がないが、それだけ陛下の強い思いがあってのことだと考えられる。
6月には両陛下は広島に行幸啓されて平和記念公園にある原爆慰霊碑に献花、被爆遺構展示館や原爆資料館を訪問された。
陛下は広島訪問前のドイツのシュタインマイヤー大統領とのご引見で「過去と向き合って、次の世代に伝えていくことが非常に重要だと考えている」と述べられていたが、それ以外の場面でも折に触れて「若い世代も戦争の歴史に関心を寄せてほしい」と口にされてきた。
広島においても、被爆体験ご本人だけではなく、被曝体験の伝承者である若い世代の語り部とも交流され、「原爆の恐ろしさ、平和の大切さを伝える活動は本当に大事なことです」と、その活動を励まされた。
9月の長崎訪問にはふたたび敬宮愛子内親王殿下が同行された。御一家は平和公園において爆心地を示す石碑に供花され、長崎原爆資料館では被爆者と懇談された。令和5年(2024年)にノーベル平和賞を受賞した日本原水爆者団体協議会や被爆体験者、語り部の若い世代とも対面された。
その夜に公開された陛下のお言葉では 「戦後80年が経ち、被爆を体験した世代が減りつつある中で、こうした若い人々の活動を通じて、被曝された方々のご苦労を次の世代に語り継いでいくことは大変意義深いことと思いました」と語られ、「初めて長崎県を訪れた愛子も、改めて原爆被害の実相を肌で感じるとともに、苦難を乗り越えてこられた長崎の人々の強い平和希求の思いを深く心に刻んでいます」と述べられた。
10月には、東京大空襲などの戦災死者が合祀されている東京都慰霊堂に御一家で供花された。
平和は当たり前ではない
敬宮愛子内親王殿下は、学習院女子中等部の修学旅行で広島の平和記念公園を訪問された。
そのことをテーマにした「世界の平和を願って」という作文が卒業文集に掲載され、宮内庁によって公開されている。冬の日の朝に見上げた青空を見て平和を感じ、訪問時の衝撃、その後の心境の変化が見事に綴られた作文は、次のような段落で結ばれている。
平和を願わない人はいない。だから、私たちは度々「平和」「平和」と口に出して言う。しかし、世界の平和の実現は容易ではない。今でも世界の各地で紛争に苦しむ人々が大勢いる。では、どうやって平和を実現したらよいのだろうか。
何気なく見た青い空。しかし、空が青いのは当たり前ではない。毎日不自由なく生活ができること、争いごとなく安心して暮らせることも、当たり前だと思ってはいけない。なぜなら、戦時中の人々は、それが当たり前にできなかったのだから。日常の生活の一つひとつ、他の人からの親切一つひとつに感謝し、他の人を思いやるところから「平和」は始まるのではないだろうか。
そして、唯一の被爆国に生まれた私たち日本人は、自分の目で見て、感じたことを 世界に広く発信していく必要があると思う。「平和」は、人任せにするのではなく、一 人ひとりの思いや責任ある行動で築きあげていくものだから。
「平和」についてさらに考えを深めたいときには、また広島を訪れたい。きっと答えの手がかりが何か見つかるだろう。そして、いつか、そう遠くない将来に、核兵器のない世の中が実現し、広島の「平和の灯」の灯が消されることを心から願っている。
被爆者のお一人は「大切なことはすべてこの作文に書かれている」とコメントしている。
「平和は当たり前ではない」「『平和』は人任せにするのではなく、一人ひとりの思いや責任ある行動で築き上げていくもの」。
この、中学生とは思えない洞察と決意の深さ。この作文は多くの国民に感銘を与えた。
5月に万博を訪問された際、シンガポール館で「世界平和」をご自身の願いとして記されたように、 敬宮愛子内親王殿下は、広島で灯された平和への希求を、ずっと心に灯し続けてこられたのだろう。
そしてそれは、今年の沖縄や長崎での慰霊を通じて、いっそう深く、確かなものになったに違いない。
次世代への思い
80年という歳月は当事者の多くが世を去り、出来事が歴史として実感を失いはじめる期間である。陛下は、そのことを強く実感しておられるのだと思う。
皇室の持つ役割の一つは、伝統を守り、文化を今日に伝えることである。日常では失われてしまいがちな行事やそれに伴った記憶が皇室には残っており、それは歴代の天皇陛下をはじめとして、それを支える多くの努力によって成り立っている。
現在の憲法のもとで天皇陛下は「国民統合の象徴」であるとされている。特に戦後は全国行幸された昭和天皇から平成、令和と三代にわたって、国民を思い、国民に寄り添っていらした。戦争に対しても、決して風化させてはいけないという強い意志が受け継がれている。
今上陛下は、それを次世代に継承することを特に重く受け止めておられるのではないだろうか。陛下が各訪問先で公表されるお言葉においても、今年は繰り返し継承の重要性について述べられている。
陛下は、次世代への継承の象徴として、敬宮愛子内親王殿下を同行され、大いに期待されているのではないだろうか。
祈りが継承されることは、国民にとってもまた、静かで深い願いである。